共感

静岡学園サッカーブログより










指導者の仕事



試合をすると、 外にボールが出ると、明らか相手ボールだろうが全員で「マイボール!!」と大声上げ手を揚げるヘンテコなチームがある。

そんなチームはFWが遥か70m先の離れている攻められているプレーの判定であっても「オフサイド!!」と叫ぶ。

そんなチームはDFが遥か70m先の攻めているプレーの判定であっても「オフサイドじゃねえだろッ!!」と叫ぶ。

頭がおかしい。

判定は審判がすること。

練習試合をすると、たまに、審判をする相手チームのコーチや監督さんに「オイッ!違うだろ!」 と言ってくる勘違い野郎がいる。

そんなのに限って、自チームの監督にはけっこう「ハイッハイッ!」と従順だ。

それって それは結局、 そのチームや監督のサッカーのポリシー・人生観がそこに出ているということ。

サッカーの素晴らしさを魂を教えれない薄さ。

勝ち負けただ一つしか基準がない軽薄なポリシーが。

「人生は自チームではなく相手チーム、まだ見ぬ人々とともに作るもの」

「人と人とはつながっていてリスペクトしあうことが社会を構成している」

「他人の誠意が自分を成り立たせてくれている」

その愚挙は決してスポーツに不可欠な「闘争心」とは 似ても非なるもの。

どちらかというと、 狂信的なフーリガン、モンスターペアレンツ、悪徳新興宗教と同質なもの。




長く見ているとよくわかる。

チームやコーチの思考は選手に出る。

アフターファールが多いチームにいいチームは絶対なく、 その大人はきれい事は選手に口にするかもしれないが、 賢い大人、優秀な育成指導者ではない。

このことは(あやまっとけ)記事で。



選手が、 相手や審判を尊重できないで、 自分の上司にだけは従順だということ。

そんな未熟な選手がクソなのではなく コーチが間違いなくクソなんだ。

指導者は「相手は敵、勝ち負けが全て、それは違うぞ!」 と、サッカーの魅力を 真剣勝負の中で伝えれないとしょうがない。

スポーツはサッカーは そんなチンケなもんじゃない ということを示すのが指導者。

本当のことは 「サッカーに一途に挑戦する行為」 日々が 教えてくれるはず。




時に見る。

試合の会場に自分より若い指導者しかいないと、大声あげ、選手に汚いプレーを命令する男が、会場に恩師や年長の人物やマスコミが現れると突然紳士ぶる(笑)愚かなことこの上ない。

不勉強と人格崩壊が人を教えようとすれば、 自ら学び続けない人間が先生と呼ばれれば、 軽率が世を席巻し、 日本の未来はなかなか暗いぞ(笑)




┏┏┏┏┏┏┏┏┏




「あやまっとけ!」(再掲載)




驚くことに、試合でファールの判定を受けた選手に、指導者が時々使うのを見る。

そう発する大人の人格否定はしないが「相手を尊重できない、敬意を知らぬ人間」だなと思う。 ...

そもそもサッカーでもスポーツでも激しいプレーは当然だが、相手を尊重する精神は前提にあるのだ。

それは試合ではなく日々の練習と生活で培われるのだ。

そのうえで謝る行為は自身の心からの発露なのだ。

「謝っておけ!」という不遜な命令とアピールの言葉の前には必ず『とりあえず』とか『自分たちは正当だが…』という言葉が省略されている。

それは、

大切な友人である相手チームへの配慮の意志でも、

自チームのファールを行った選手に対する叱咤でもなく、

「しょうがねーだろ!」

と集団で宣言している合図であるのだ。

「かたちのうえであやまるフリをやっとけばレフリーの気分も悪くならないだろう」くらいにしか聞こえない。

あやまっとけ=謝り・置け。

とは

偉い人が目下の者に謝罪しろと命令すること。

この言葉、

悪党が自分の悪事を揉み消すため身代わりに手下を出頭させる時か、

上司が役員室に部下を呼び出し『自分がやりました』と報告してこいと詰め腹を切らされる部下への命令にしか使わない。

尊重と最もかけ離れた種類のものだ。

そんなことがある限りサッカーは文化になるにはまだまだだ。

ルールブックとマニュアルが絶対な審判は、

こういうことは見逃す。

実は審判の仕事は

数十人の人格が交錯する試合をコントロールし、

90分を選手が、お互いをリスペクトしつつ力一杯自分を表現する、

そんな好試合をコントロールすることだ。

だが

ルールブックに「紳士」の条件の事象は書いてはない。

大人は生活と練習で教えるべきだ。

「リスペクトはアピールして他人に認められることじゃない」

「敬意は見知らぬすれ違った人に人知れずできて初めて敬意といえる」。

「人と人とはつながっていて尊重しあうことが社会を構成している」

「他人の誠意が自分を成り立たせてくれている」

こんな人の美質を子供に教えなければならない使命がある。

それはとてつもなく深い思慮が求められる。

その苦労が指導者自身を大人にしているに違いない。

「あやまっとけ」と試合中選手に言うゲームキャプテンなんかを見ると大人の病がうつってるなと。
プロフィール

☆Boss桜☆

Author:☆Boss桜☆

最新記事
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR